展示数700点! 青森県立美術館「成田亨 美術/特撮/怪獣」展は、創作に関わる人必見でした
GW中に家族3人で青森市までドライブし、県立美術館の「成田亨 美術/特撮/怪獣」展を見てきました。
見てきたのは、こんな3人です。
- ダンナ:昭和47年生まれ 好きなウルトラマンはウルトラセブン
- わたし:昭和49年生まれ 好きなウルトラマンはウルトラマンタロウ
- 息子:平成21年生まれ 好きなウルトラマンはウルトラマンギンガ
ポインター、ブランカー、バルタン星人、カネゴン、ピグモンが迎える!
美術館のエントランスに向かう道を、息子が駆けていきます。
そこには、銀色のSF的な車が!
ウルトラセブンの地球防衛軍が乗っていたポインター号だそうです。 ちなみに、個人蔵って書いていました。すごい…。
エントランス正面には、こんな像がど迫力で迎えてくれます。
成田亨デザインの「突撃!ヒューマン!!」という作品のブランカーの像(作・清河北斗)だそうです。
そして、見上げると、バルタン星人のパネル。
こちらには、カネゴンとピグモン。
ここまでが撮影OKなエリアでした。
そして、チケットを2枚購入して、中へ入ります。
ここの美術館、館内のデザインも洗練されていて、SFの世界に入っていく感ありますね。
彫刻、絵画、デザイン画など700点!
成田亨と言えば、ウルトラマン、ウルトラセブン、バルタン星人、カネゴン、ピグモン、レッドキング、エレキングなど、初期のウルトラシリーズの造形に欠かせないデザイナーです。
青森市出身で、県立美術館には企画展の前から所蔵されている画があり、ウルトラマンや怪獣の標識も市内各地にあります。
もっとも、わたしはほとんどそうした予備知識を入れずに見に行ったので、展示を見て知ったこと、帰宅してから調べて知ったことを合わせて書いています。
青森県立美術館では成田亨(1929-2002)を重要作家のひとりと位置づけ、これまで常設展において怪獣デザイン原画の一部を常時公開してきました。しかし「ウルトラ」の仕事が中心だったその展示は、成田亨という芸術家の一側面を伝えるに過ぎません。
成田亨は彫刻家、画家、デザイナー、特撮美術監督とジャンルの垣根を越えた多彩な表現活動を行った作家です。旧制青森中学(現青森高等学校)在学中に画家・阿部合成と出会い、絵を描く技術よりも「本質的な感動」を大切にする考え方を、さらに彫刻家の小坂圭二からモチーフの構造とその構成を重視する手法を学んだ後、武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)で絵画、彫刻を学び、新制作展を舞台に気鋭の彫刻家として脚光を浴びていきます。
ウルトラ関係のデザイン画にたどり着くまでに、初期の絵画や彫刻、西洋東洋の幻獣を描いた作品群を鑑賞します。
息子はチョロチョロしたがりましたが、ここはぐっとガマン。
成田亨が描く古今東西の幻獣のイラストに感嘆!
中でも、わたしが引きつけられたのは、モノクロのペン画で描かれた幻獣のイラストたち。
ヒドラ、マンティコア、ジャバーウォック、ホビット…それに 白黒なのにレッドドラゴン、ブルードラゴン、イエロードラゴン、グレードラゴン!
ホビー誌「宇宙船」に掲載されていたそうです。
ロールプレイングゲームに出てくるようなモンスターの出典を解説文とイラストで説明する、という企画だったようです。
とは言え、当時はまだドラクエもファイナルファンタジーも無い時代。
ロールプレイングゲームというのは、アメリカで大流行して日本にも上陸していたボードゲーム「ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)」のことでしょう。
90年代にテーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)として、国産のソードワールドRPGや、ロードス島戦記なども人気になりました。
実は、わたしたち夫婦は、そのロールプレイングゲームを遊ぶサークルで出会ったのです。
息子、こういうのを父ちゃんも母ちゃんも好きだったから、やがて君が生まれたんだよ。
ウルトラマン、セブンのプロトタイプ、そして怪獣の数々
そして、メインのウルトラ原画の数々!
これは広い部屋の壁一面に貼られていて、さらに中央のガラスケースにもたくさん収められていて、子どもがチョロチョロしなければいつまでも見ていたい展示。
息子も、このところダンナがせっせとyoutubeやレンタルDVDで初期ウルトラマンやウルトラQなどを見せていたおかげで、
「あ、ケムール人! キングジョー! レッドキング!」
と指さしながら見ていて、周りのおじ様方にあたたかい目で見られていました。
鎮魂歌とウルトラマンの墓
そのメインとも言える展示エリアの入口に、ウルトラマンのお墓がありました。
成田亨によるモニュメントと鎮魂歌が添えられていました。
ここでは引用を控えますが、読みたい方はこちら↓をご覧下さい。
ウルトラマンをデザインする過程の原画を見れば、余計なものを極限までそぎ落とし、神々しく美しいヒーローを作り上げていく氏の追求する力の深さを感じます。
あのカラータイマーでさえ、成田亨デザインの後で付けられたもので、氏のイラストには一切カラータイマーが描かれていませんでした。
様々な葛藤の末、ウルトラマンの後番組ウルトラセブンの途中で、成田亨は離脱します。
しばらくして、CMやバラエティでコミカルに登場するウルトラマンに、彼は惜別の詩を捧げたのです。
これはちょっと、5歳の息子には説明できなかったですね。
美術家と商業デザイナーの狭間で
ウルトラシリーズから別れた後の展示が続きます。
「突撃! ヒューマン!!」(1972年)
「円盤戦争バンキッド」(1976年 - 1977年)
ダンナはバンキッド見ていたらしく「なつかしい!」と声上げてました。
幼児期の2歳半差は大きいですね、わたしは知りませんでした。
成田亨の特撮美術家としての展示の中に、映画「この子を残して」(木下惠介監督:1983年松竹)の長崎被爆を描くセット作り、絵コンテがありました。
その横に、成田氏のコラムというのか、インタビューなのか、本から引用された言葉がとても胸に刺さりました。
息子に手を引かれていなければ、メモしておきたかったです。
誤りを恐れずに受けた印象を書けば、
- 今の怪獣が似たり寄ったりになってしまうのはデザイナーに頼むからである
- 美術家は自分の中を深く掘り下げて作品を作る。デザイナーは他者からの要請に合わせて作る
- 掘り下げないで作るものは複雑化する。余計なものを付ける。角を付けたり、おっぱいが出たりする
- 自分の内面を深く掘り下げて生みだしたものでないと、後に残らない
という内容でした。
ああ、これは本当にメモしておきたかった。
ネットのどこかに落ちているかと思ったけど、見つけられません。
デザイナーに対して厳しすぎる言葉ですが、成田亨は美術家であり、デザイナーでもあります。
まぎれもなく、他者からの要請に応じてウルトラマンや怪獣たちのデザインをしたのであり、その成果は、特撮テレビシリーズとしては歴史に残る商業的成功をし、街にはソフビ人形を持った子どもが歩いていたのです。
美術家としての自己を掘り下げ、シンプルな美しさを追求する魂と、商業デザイナーとしての役割の中で、葛藤し、闘ってきた矜恃を感じました。
好きじゃなきゃできない、好きだけではできない
わたしは、20代の8年間は演劇を職業として行う劇団の中にいました。
「好きな仕事ができて幸せだね」
と言われていましたが、好きじゃなきゃできないけど、好きだけじゃできない仕事でした。
舞台の質を高めるのはもちろん必要ですが、それをどう普通に生活している人たちに伝えるか。
安くはないチケットを買ってもらって、劇場まで足を運んでもらって、幕が下りた後に来て良かったと思ってもらえるか。
ただの消費じゃなくて、また明日から生きていくことに力がわくような場がつくれるか。
そういう挑戦を、全国の町々で暮らす人の中に入って、半年かけてしていく仕事でした。
今もわたしはNPOとなった劇団に在籍して、遠隔地からホームページ等を担当しています。 (NPO現代座Homepage)
でも、演劇で食べようとする、商業的に成り立たせることからは降りてしまいました。
成り立たせる、そして続けていくってすごいことです。
カラータイマーもバルタン星人も、ウルトラ兄弟も好きでした
成田亨展を見て、それでもわたしはウルトラマンタロウが好きだったことを忘れません。
♪ウルトラの父がいる ウルトラの母がいる♪
その後どんどん増えていったウルトラ兄弟勢揃い!的なドラマが好きでした。
カラータイマーが点滅するとピンチにハラハラし、「セミ人間にハサミを付けただけ」と成田氏が言ったバルタン星人は田舎のお祭りにまで来て弟が泣いて逃げた記憶もあります。
ウルトラマンや怪獣の造形は、成田亨という美術家の魂を込められたものですが、それが「ウルトラマン」のすべてではありません。
脚本、監督、俳優、スーツアクター、効果音含む音楽、特撮技術、広報等々、多くの人たちの手によって、あの番組は作られ、わたしたち子どもの元へ届けられています。
その後も、様々な変遷を経ながら今も新しいウルトラマンが作られています。
だからこそ、ヒューマンやバンキッドと違い、2009年生まれの息子にまで、「ウルトラマン」は憧れられ、さかのぼってDVDや動画を見ることができるのです。
(でも、ゴモラやエレキングを萌え美少女化するのを公認するのはどうかとは思いますよ、円谷プロさん……)
作り手への評価が無かった時代から
今でこそ、何かのキャラクターを模したフィギュアでも、その原型師の名前は明らかにされ、わかる人には「さすが、○○の原型だ!」と伝わるようになっています。
しかし、昭和時代、しかも子ども向けの番組の中では、きちんと誰がどんな仕事をしたのかが評価されてこなかった歴史があります。
だからこそ、声を上げてきた成田亨氏の言葉が刺さるのです。
彼が作られたウルトラマンや怪獣たちの造形が、今もなお残っているから。
息子と見に行く玩具売り場に並ぶソフビ人形は、最近の怪獣を除いては、成田亨氏デザインのものがほとんどです。
ゼットン、エレキング、バルタン星人、レッドキング、カネゴン……初期の1~2年程の期間に作られた怪獣ばかりが今も残っていますね。
絵画・彫刻の美術家であり、古今東西の幻獣・鬼に造形が深く、その上で子ども番組の怪獣に対して強いポリシーを持ってデザインしてきた。
こういう人が作っていたんだ、と特にこれまで意識していなかった自分は感動しましたね。
すごいのは企画展だけじゃなかった。 関連常設展も必見!
この成田亨展は、福岡市や富山市でも開催されたそうですが、この青森市では言わば里帰り。
企画展だけではなく、常設展もテーマが関連付けられていて、力の入った構成でした。これこそ、キュレーション。
チケットは企画展+常設展のセットで買うのがオススメです。
成田亨展関連展示、ジャンルを越境する表現者たち ほか | 青森県立美術館
タイトルだけ抜き出してみましたが、ちょっとすごくないですか。
- 成田亨の師:阿部合成と小坂圭二
- 立石大河亞:タイガードラマの迷宮
- 安彦良和:漫画とアニメの狭間で
- 伊藤隆介:スクリーン・プロセス
- 高山良策:怪獣/幻想/シュルレアリスム
- 野沢如洋と鳥谷幡山:異端の日本画家たち
- 寺山修司:生誕80年記念「イメージの宇宙〜映像と幻想写真〜」
- 棟方志功展示室|「倭画」の世界-花鳥風景を描く
- 今和次郎:「考現学」の誕生
- 馬場のぼる:ねこ!ねこ!ねこ!
- 奈良美智:『A to Z Memorial Dogマスター型』『ニュー・ソウルハウス』
- アレコホール|マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画
息子は安彦良和氏のガンダムの原画を見た後は、ひたすら馬場のぼる展示の絵本コーナーにはまり、わたしとダンナは交替で他の展示を見たり読み聞かせをしたりしていました。
「11匹のねこ」シリーズ、あんなにあったんですね…。
たっぷり見たけど、また見たい展示でした
美術館という、「走るのダメ、静かに見る」空間で、5歳児がどこまで見られるか心配でしたが、常設展の途中で飽きて絵本にはまりこんだ他は、楽しく見ていてくれました。
特に、ミニチュアの街並みをビデオカメラで写すと、モニターに街の映像が写る特撮体験がとても気に入って、しばらく独占してカメラを動かしていました。
最近のウルトラマンシリーズはまったく出ませんので、あらかじめ昔のウルトラマンを見せておく作戦は功を奏したようです。
青森県立美術館は、昨年にも「美少女の美術史」展を、やはり家族3人で見に行きました。
うちのジェニー+リカちゃん 青森県立美術館「美少女の美術史」展を見てきたよ。
成田亨展は5月31日まで。既に入場者は1万人を超えたそうです。
記念講演会や親子ギャラリーツアーなど企画も充実してます。ここの美術館は本当に企画力がすごい。
この後、ミッフィー展も控えているようです。
でも、その前に、成田亨氏の足跡を色々と読みあさった今、またもう一度見に行きたい衝動にかられています。
表現すること、作ることでお金をいただく仕事をする人は、見るとかなり突きつけられるものがありますよ。
またも長文のレポートになりました。お読みいただき、ありがとうございます。
参考リンク
- 成田亨 美術/特撮/怪獣 | 青森県立美術館
- ファンタジー好きな女性も満足! 特撮怪獣ファンじゃないけど、展覧会「成田亨 美術 / 特撮 / 怪獣」に行ってみる|おたぽる
- 青森県立美術館 ウルトラマン案内標識コンプリート ( 青森県 ) - くーがblog Я - Yahoo!ブログ
- 怪獣の唇にドキッ!? ウルトラマンの特撮美術展は女子も楽しめる | 女子SPA!
- こんなスゲー人がいたとは…ウルトラ怪獣展が絶賛されてる - NAVER まとめ
- 成田亨さんの仕事
- 成田亨 (なりたとおる)とは【ピクシブ百科事典】