夫婦別姓について考えて思い出した、わたしが「斎藤」になった理由


夫婦別姓を認めない現在の法律が「合憲」と最高裁が判断したニュースが、昨日から流れています。

参考リンク>夫婦別姓認めない規定 合憲の初判断 最高裁 NHKニュース

ニュースを見ながら、6歳の息子に聞いてみました。

「もし、父ちゃんと母ちゃんの名前が別々だったらどう?」
「え、じゃあぼくは?」
「息子くんは、どっちかの名前だよ。“さいとう”でもいいし、母ちゃんの“うらべ”でもいい」
「……そんなの、やだぁ。みんないっしょがいい」(涙目)
「じゃあ、最初からみんな“うらべ”だったら? みんないっしょだよ?」
「やだやだー! “さいとう”がいいー!!」
息子、ボロボロ涙をこぼしました。

な、なにも泣かなくても!

あわててなだめながら、たった6年間生きた息子にとっても自分の姓名が大事で愛着があるもので、わたしはそれを生まれてから27年も経って変えたのに、涙ひとつこぼさなかったんだなぁ、としみじみしました。

夫婦別姓にあこがれはありつつ、夫の姓「斎藤」になったわたしのお話し。


投稿者名 斎藤美佳子 投稿日時 2015年12月17日 | Permalink

八方美人なわたしが友だちの間に挟まった時に心がけていること

わたし、八方美人なんです。

すいません、わりと誰にでもいい顔します。

初対面の人とある程度親しくなるのは、子どもの頃からできる方です。

書く言葉は多いけど、しゃべる言葉は少ない方なので、人の話しを聞くことが多いです。

結果、よく人と人、グループとグループの間に挟まってます。

そんなわたしが心がけている八方美人の心得のお話し。


投稿者名 斎藤美佳子 投稿日時 2015年12月13日 | Permalink

わたしたちは文体で人を選ぶし、選ばれている

先日、ある著名人の文章を読んでいて、感じたこと。

「書いていることには賛同できるけど、文章に共感できない」

別に煽り文句を書かれているわけでもありません。
内容は社会的な問題を扱っていて、独自の視点があり、「なるほど一理ある」と思います。

でも、文章を読み続けると、どうにも気持ちが落ち着かなくなる。

中高生向けの著書を出している方だったので、図書館で借りて読んでみたけど、どうにも読み進められず、結局そのまま返却しました。

どうやら、その方の文体は自分に合わなかったようです。
書いている中身よりも、その文体の方が、人を選ぶし人に選ばれることがあるよね、というお話し。


投稿者名 斎藤美佳子 投稿日時 2015年11月17日 | Permalink

わたしがブログを書くのは、自分をサンプル化し続けるためです

イケハヤ先生からお題が出ていたので、書きましょう。

関連リンク>「なぜブログを書き続けるか」?それは「自分の変化が楽しいから」です。 : まだ東京で消耗してるの?

「普通の人」がブログを書く良さについては、以前書いているのですが、あらためて自分のことを書きます。

関連記事>ブログを12年書いてわかった、普通ブログのいいとこ5つ


投稿者名 斎藤美佳子 投稿日時 2015年11月02日 | Permalink

それでも、ゆるすことにした話し

2009年妊娠中に歩いた散歩道

2009年妊娠中に歩いた散歩道


前回アップしたホ・オポノポノはキャラじゃなかった話しが、けっこう反響があったので、その後日談を。

この写真は産休入り2日前に契約打ち切りを言い渡された翌々日、入園申し込みをしようとしていた保育園まで歩きながら撮影したものです。

青空で、とても紅葉が鮮やかな日曜日でした。


投稿者名 斎藤美佳子 投稿日時 2015年10月28日 | Permalink