「あれ? 人間が増えている」と突然実感したのは出産後半年頃でした

1人でお座りしている息子を見て気づいた

1人でお座りしている息子を見て気づいた


息子を出産した翌年の夏のことです。
休日に息子と2人で家の中で過ごしていました。
居間のテーブルのそばで、1人でお座りしている息子の背中を隣の部屋から見て、
「あれ? 人が増えてる」
と、不思議な感覚を覚えました。
それが、いきもの係から育児に変わっていった時期だったのだなぁ、と今になって思います。


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新生児の頃が人生で一番ハードでした…

出産後、1ヵ月ちょっとの間を実家で過ごしました。
家事はすべて母にしてもらっていたにも関わらず、あの1ヵ月間が人生でもっともハードでした。
なにせ、眠れない。
ひたすら授乳→オムツ替え→寝かすの無限サイクル。
たまーに、落ち着いて目を開けているとめずらしいので写真を撮ってましたが、ほとんどはおっぱいを飲んでいるか、泣いているか、寝ているかでした。
20歳で上京して劇団に入った直後に旅公演に付いた時期が、それまでのハードな生活記録ナンバー1だったのですが、はるかに記録更新です。
トイレにも行けないとか、2時間おきに起こされるとか無かったですよ…。
夜中は息子と2人で寝ていたのですが、目がギラギラとしていつまでも乳にむしゃぶりついてくるので、「たーすーけーてー!」と悲鳴を上げていました。

過去の日記>真夜中はケモノのように。: Alternative Note

おっぱいが足りなくて泣くならミルクをあげればいいじゃない、と言われても、ミルクを調乳する間、泣かせておくことができなかったので、あんまりできませんでした。
赤子の泣き声聞くと、もう心臓がバクバクして、何も手に付かなかったですね。
だから、自宅に帰っても自分の食事がほとんど作れていませんでした。

首もすわっていない新生児は、ちょっと間違えて落としたり踏んだりしただけで取り返しのつかないことになりそうで、緊張がずっと続いている状態でした。

生後4ヵ月の息子を預けて仕事へ復帰

11月下旬生まれの息子、1年の育休をとると保育園に入れるのが難しいタイミングでした。
札幌市も人口190万人の大都市、同僚の先輩ママからも認可保育園に入ることの難しさを聞いていました。

当時、訪問介護ヘルパーだった夫は、2週間以上休みが無いこともざら。
早朝から出て帰りが深夜になる日もあり、勤務時間・休日はまったく読めませんでした。
だいたい、休みの前日になってから、「明日、休みになった」というパターンでした。

息子と日中2人きりで暮らすこと、貯金がどんどん減っていくストレスを思うと、早く職場復帰した方が良いと思い、生後4ヵ月の息子を保育園に入れて働きに戻りました。

集団保育に入った子どもは、しょっちゅう病気をもらってきて休みました。
わたしも仕事を休んだり、何度もウイルス性胃腸炎をうつされて病院で点滴を受けたり。
吐いて下してどうしようもなくて、「今日も明日も休みます」と会社に電話すると、
「もう、明日も休むって決めるの? 本当に出られないの?」と詰められたりもしました。
「ウイルス持ったまま出勤するとバイオハザード起こします」と説明しましたけどね。

時短シフトで帰る為、仕事をやり遂げられない歯がゆさや、
「いいなー、わたしも早く帰りたーい」
と同僚に毎回言われるのも辛かったです。

でも、それでも、通勤時間に本を読んだり、音楽を聴いたり、少しでも自分だけの時間を持てたこと、数万円でも収入を得て、家計をトントンまで持っていけたことは、心理的に大きな助けになりました。
たぶん、あのまま職場復帰しなければ、産前に心配していた通り虐待とかしていたかも…。

ふと気づくと人間が1人増えていました

産後半年以上経った夏の日のことです。
休みの日、めずらしく息子が機嫌よくひとり遊びしている後ろ姿を、隣の和室で寝転びながら眺めていて不思議な感覚を感じました。

「あれ、なんだか、この部屋に人が増えている」

息子が生まれるまで8年間、夫と2人暮らしをしてきた2LDKのアパートです。
そこに、いつの間にか「人間」が増えている不思議。
お前は何を言っているんだ?と思われそうですが。

それまではほとんど寝る時も起きている時も身体にぴったりくっついていて、床に寝かせば泣き叫ぶ赤子が、1人離れて遊んでいる。
必死になって気をつけてお世話をしないとすぐに死んでしまいそうな生き物だったのに、もう1人の人間になってそこにいる。
窓からさす光が明るくて、その光景と感慨は写真のように覚えています。

生後数ヶ月は友人に「育児どう?」と聞かれても、
「いや、育児っていうかほとんど生き物係」としか思えなかったけど、このあたりからようやく「育児」という気持ちになってきたように思います。


生後8ヵ月頃

生後8ヵ月頃

それにしても、あの座り始め、歩き始めの赤ちゃんの姿勢が美しいことったら!
体幹がまっすぐで、背筋がピーンとしていて。
そうしないと、頭の重さを支えられないのでしょうが、
「これが本来あるべき姿なのか」と、猫背の自分は思わされましたね。
そんな息子も、今は寝そべってテレビを見たりして、すっかりあの頃の姿勢の良さは無くなってしまいました。


自分(母親)は通過点に過ぎない


思えばわたしが妊娠した時から、息子の生命は始まっています。
それはもう死ぬまで息子の人生で、わたしはその初期の一部に関わっているに過ぎません。
これからどんどん母親が知らない時間も増えていくことでしょう。

わたしの身体から出てきて、あれだけぴったりくっついていた生き物が、もうすっかり少年らしくなってわたしの知らないことを言ってくる不思議。
昨夜は夫が買ってきたドム豆腐を食べながら、ズゴックがどうこうとか言って、初代ガンダムの録画を見ていました。
うん、ハハは子どもの頃ガンダム禁止だったから、ドムとかズゴックとかよくわからないよ。
少なくともビターチョコ味のドム豆腐よりは、枝豆味のザク豆腐の方が美味しかったよ。


ドムとうふ

ドムとうふ

くずれたドム豆腐

くずれたドム豆腐

そんな風に、生き物係の時期を過ぎて、今日もなんとか母親やってます。
いま、まさに0歳児を抱えて、大変な思いをしているお母さん、ある時、急に「あ、なんか楽になってるかも」という時が来ます。
なんとか、うまく人を頼ったりして息抜きしながら、乗り切ってくださいね!

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